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林勇蔵 はやし ゆうぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

林勇蔵 はやし-ゆうぞう

1813-1899 幕末の尊攘(そんじょう)運動家。
文化10年7月16日生まれ。新田開拓,椹野(ふしの)川堤防工事などにつくし,安政2年(1855)周防(すおう)(山口県)吉敷郡(よしきぐん)小郡宰判(おごおりさいばん)の大庄屋(おおじょうや)となる。元治(げんじ)元年からの萩(はぎ)藩内部抗争では庄屋同盟を結成して改革派を財政的に援助し,勤王大庄屋とよばれた。明治5年から県租税課につとめ,地租改正にかかわった。明治32年9月24日死去。87歳。本姓は山田。

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朝日日本歴史人物事典の解説

林勇蔵

没年:明治32.9.24(1899)
生年:文化10.7.16(1813.8.11)
幕末明治期の豪農。周防国吉敷郡矢原村(山口市)に生まれ,文政9(1826)年,同郡上中郷(小郡町)の林家の養子となる。翌年上中郷内の給領庄屋となり,天保12(1841)年上中郷庄屋,安政2(1855)年小郡宰判大庄屋となった。勤倹で慎重,寡黙にして酒を嗜まず,常に真面目であった。慶応1(1865)年,長州(萩)藩内が正義派と保守派に分裂。正義派を援助し,勤王大庄屋として知られた。明治5(1872)年山口県の地租改正事業にかかわり,のち地租米を集荷する防長協同会社の副頭取,頭取を務めた。<参考文献>藤井葆光『維新史料大庄屋林勇蔵』

(三宅紹宣)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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