林野村(読み)はやしのむら

日本歴史地名大系 「林野村」の解説

林野村
はやしのむら

[現在地名]一宮市萩原(はぎわら)町林野(はやしの)・大和(やまと)町苅安賀(かりやすか)

北高井(きたたかい)村の西、苅安賀村の南にある。「和名抄」所載中島郡拝師(はやし)郷の本拠に比定される。この郷には暗水里・石田(いしだ)里・河田(かわだ)里・古家里の里があったが、所在がすべて明確とはいえない。元応二年(一三二〇)四月三日の中嶋承念譲状案(妙興寺文書)のなかに「一所 段 林野 宮田里」とある。現葉栗郡木曾川町の真宗大谷派聞法(もんほう)寺の永正元年(一五〇四)と推定される阿弥陀如来絵像裏書に「光明寺門徒尾州中嶋郡林野惣道場也」とある。

概高六九五石七斗余で宮田用水を利用し、大部分は一五人の給知である。寛文の家数四五・人数二四九(寛文覚書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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