苅安賀村
かりやすかむら
[現在地名]一宮市大和町苅安賀・大和町宮地花池
一之宮村に次ぐ中島郡内の大村。一之宮村の西南、毛受村の南にある。天保村絵図によると、道に沿った細長い街村の形を示し、寺院も一四ヵ寺を数えるなど、景観はかつて都市であったことを示す。妙興寺文書の嘉慶二年(一三八八)八月一三日付の妙興寺領坪付注文に「拝師郷内穴田借屋須賀」とある。「信長公記」に苅安賀の「富田と申す所は、在家七百間これあり、富貴の所なり」とあり、中世末には町場としての発達を示した。「寛文覚書」にみる家数三四八・人数一千五四一である。本田概高二千七〇一石余であるが、その後、古城新田・古川新田と新田が生れた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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