朝日日本歴史人物事典 「果心居士」の解説
果心居士
戦国・安土桃山時代の幻術師。永禄~天正年間(1558~92)に奈良,京都,大坂など近畿地方で名を知られた。愚軒『義残後覚』によると筑紫(福岡県)の生まれとされるが,一説には奈良興福寺の生まれ。猿沢の池に散らした枯れ葉を魚に変えたり,洪水の幻影を人に見させたり,貴人宅や屋外で大魔術を演じたりしたと伝えられる。奈良多聞城の松永久秀の面前に久秀の亡妻の幻霊を呼び寄せ,豊臣秀吉に招かれた折には,秀吉の秘事を術によって露見させ,そのために捕らわれの身になったという。幻術は散学の一種として中国から渡来したものだが,果心も諜報収集や戦闘に術を使ったとする記録はなく,忍びの者ではなかったと思われる。
(名和弓雄)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報