柘殖郷(読み)つみえごう

日本歴史地名大系 「柘殖郷」の解説

柘殖郷
つみえごう

和名抄」高山寺本は「柘殖」、東急本は「殖」と記し、ともに訓を欠く。「日本地理志料」は「都美恵」と読む。天平二〇年(七四八)一一月一九日の小治田藤麻呂解(東南院文書)に「柘殖郷」とある。「日本書紀」天武天皇元年六月に「積殖の山口」とあり、倭姫命が神霊を奉じた時「柘殖宮」(皇太神宮儀式帳)・「都美恵宮」(倭姫命世記)に奉斎したという。八世紀半ば頃には大安だいあん寺・元興がんごう寺・東大寺(現奈良市)寺領がみられる。天平一九年二月一一日の大安寺伽藍縁起并流記資財帳(奈良市正暦寺蔵)によれば、大安寺は「柘殖原」二〇町および「柘殖庄」一所を領有、天平勝宝元年(七四九)一一月二一日柘殖郷長解(東南院文書)によれば、元興寺が当郷戸主敢臣安万呂の七段を買得、寺領としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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