柳川新田(読み)やながわしんでん

日本歴史地名大系 「柳川新田」の解説

柳川新田
やながわしんでん

[現在地名]三条市柳川新田

三貫地さんがんじ新田の東、信濃川沿いの自然堤防上にあり、東は柳場やなぎば新田と接する。元禄一一年(一六九八)の賀茂組新田村付帳(新発田市立図書館蔵)によると、寛永一五年(一六三八)塚野目つかのめ村を親村として立村された。新発田藩領で、寛文四年(一六六四)の新田高辻帳(同館蔵)によると高九八石一斗余。同七年と推定される御領内見分之書付(貴船家文書)によると戸数二一・人口一三五。明和三年(一七六六)の各組村別郷村高帳(新発田市立図書館蔵)では高一四二石三升余・反別五七町八反余。正保元年(一六四四)井栗いぐり村など八ヶ村組水利組合によって、柳川新田境から山島やまじま新田(現加茂市)に至る信濃川堤防が築かれ、続いて柳川新田付近の堤防は寛文一〇年に築かれる(渡辺淑氏文書)


柳川新田
やながわしんでん

[現在地名]波崎町柳川

鹿島灘沿岸にあり、南は須田すだ新田、西は太田おおた新田。弘化二年(一八四五)志崎しざき(現大野村)の柳川宗左衛門が日川につかわ(現神栖町)内の空地を開墾したことに始まる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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