柳川町(読み)やながわちよう

日本歴史地名大系 「柳川町」の解説

柳川町
やながわちよう

[現在地名]高崎市柳川町

明治六年(一八七三)成立した町。江戸時代は北は嘉多かた町など、西は常盤ときわ町、東は新紺屋しんこんや町・寄合よりあい町、南は外堀に囲まれた地域で、馬場や厩舎のほかは武家屋敷であった。キリスト教無教会主義の創始者内村鑑三は高崎藩士内村宣之の長男で、文久元年(一八六一)江戸屋敷に生れ、幼時を当地で過ごした。明治五年頃は赤坂あかさか郭とよばれる地域があった。「更正高崎旧事記」に「柳川町ハ旧城内北郭ト唱ヘシ地」「北郭ノ中央、当時深井資教邸地ニ旧時大柳木アリ、其下用水流ルルヲ以テ、柳川町ト号ス」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む