日本歴史地名大系 「高崎城下」の解説
高崎城下
たかさきじようか
〔和田氏時代〕
室町時代、当地を含む一帯は
和田氏の城下町は高崎城下の形成により姿を消し、中世末期に成立したと伝える
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
室町時代、当地を含む一帯は
和田氏の城下町は高崎城下の形成により姿を消し、中世末期に成立したと伝える
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…黄檗(おうばく)宗の少林山達磨(だるま)寺は1月6,7日に開かれるだるま市で知られ,境内にはB.タウトが住んだ洗心亭がある。【有末 武夫】
[高崎城下]
上野国の城下町,中山道の宿駅。古くは赤坂の庄といわれ,鎌倉時代以後は和田氏の居城の地であった。…
※「高崎城下」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」