柳沢光昭(読み)やなぎさわ みつてる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「柳沢光昭」の解説

柳沢光昭 やなぎさわ-みつてる

1823-1900 江戸時代後期の大名
文政6年6月14日生まれ。大和(奈良県)郡山(こおりやま)藩主柳沢保泰(やすひろ)の10男。柳沢光被(みつひ)の養子となり,天保7年越後(えちご)(新潟県)黒川藩主柳沢家7代。聖像遷座御用,大坂加番,奏者番などをつとめた。慶応4年隠居。明治33年4月4日死去。78歳。通称は八百次郎。号は学山。名は「みつあき」ともよむ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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