柳生陣屋跡(読み)やぎゆうじんやあと

日本歴史地名大系 「柳生陣屋跡」の解説

柳生陣屋跡
やぎゆうじんやあと

[現在地名]奈良市柳生町

正木まさき坂にあり、寛永一九年(一六四二)に柳生但馬守宗矩により築造され、宗冬が増築した。柳生藩旧記に次のようにある。

<資料は省略されています>

創建当初の陣屋は延享四年(一七四七)の火災によってことごとく焼失、その後は仮建築を行っただけであった。

柳生氏は小楊生こやぎゆう庄の大膳永家がその祖であるといわれる(玉栄拾遺)。柳生石舟斎宗厳は上泉秀綱を師に柳生流剣法を創出、関ヶ原の戦に宗厳・宗矩は畿内の動向探索を徳川家康から命ぜられ、慶長六年(一六〇一)秀忠の、元和七年(一六二一)家光の兵法師範となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

地表近くで見られる蜃気楼(しんきろう)現象の一種。晩春から夏にかけて、よく晴れた日に熱せられた道路のアスファルト面を遠くから視線を低くして見ると、水たまりがあるように見えることがある。これは地面付近の...

逃げ水の用語解説を読む