柴宿(読み)しばしゆく

日本歴史地名大系 「柴宿」の解説

柴宿
しばしゆく

[現在地名]伊勢崎市柴町

日光例幣使街道の宿で、利根川左岸に位置し、五料ごりよう宿(現佐波郡玉村町)と利根川を挟んで対する。「伊勢崎風土記」によれば、天正一一年(一五八三)豊臣秀吉の大坂築城に徴用された東奥諸侯の通路となり、宿駅として整えられた。また大胡おおご(日光裏街道)が通り、五料宿から当宿、駒形こまがた(現前橋市)大胡(現勢多郡大胡町)室沢むろさわ(現同郡粕川村)を経て上神梅かみかんばい(現山田郡大間々町)銅山あかがね街道に合流した。明和元年(一七六四)日光例幣使街道は幕府道中奉行の管轄となって五街道並みの扱いを受け、当宿も道中奉行の支配下に入った。倉賀野くらがの宿(現高崎市)まで四里、五料宿まで一里、木崎きざき宿(現新田郡新田町)まで三里二八町。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む