日本歴史地名大系 「木崎宿」の解説
木崎宿
きざきしゆく
木崎村を東西に貫く日光例幣使街道沿いの宿場。地元の伝承では初め「大明神前通り下田之頭辺」にあった家並が戦国期に「本宿」へ移り、さらに街道沿いに移って宿並ができたとされる(文政八年「木崎村往古人居古記」福島文書)。寛永一三年(一六三六)の徳川家康二十一回忌の際の奉幣使日野大納言は四月九日朝
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
木崎村を東西に貫く日光例幣使街道沿いの宿場。地元の伝承では初め「大明神前通り下田之頭辺」にあった家並が戦国期に「本宿」へ移り、さらに街道沿いに移って宿並ができたとされる(文政八年「木崎村往古人居古記」福島文書)。寛永一三年(一六三六)の徳川家康二十一回忌の際の奉幣使日野大納言は四月九日朝
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