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例幣使 レイヘイシ

デジタル大辞泉の解説

れいへい‐し【例幣使】

朝廷から、例幣のために派遣される勅使

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世界大百科事典 第2版の解説

れいへいし【例幣使】

朝廷より毎年,神社に幣帛を奉るため遣わされる祭使のこと。とくに,伊勢神宮神嘗祭の奉幣を例幣といい,毎年9月11日をもって発遣される奉幣使をさして,伊勢例幣使と称した。例幣使は五位以上の諸王のなかから占いをもって定め,これに神祇官中臣忌部卜部が従い,これを四姓幣使とも称した。応仁年間(1467‐69)中絶したが,1647年(正保4)に復活し,明治維新まで続いた。また,江戸時代日光東照宮例大祭朝廷から遣わされた祭使を日光例幣使といった。

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大辞林 第三版の解説

れいへいし【例幣使】

例幣をささげるために遣わされる勅使。江戸時代には、特に日光へのものをいった。

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世界大百科事典内の例幣使の言及

【日光例幣使】より

…江戸時代,朝廷より日光東照宮の例大祭に差遣された奉幣使。日光への勅使参向は1617年(元和3)の東照社鎮座に端を発するが,いわゆる例幣使発遣は,宮号を宣下され東照宮と称することになった45年(正保2)の翌年,参議持明院基定が臨時奉幣使として日光東照宮に発遣されたのに始まり,これより例となり毎年奉幣使が下向し,1867年(慶応3)に及んだ。奉幣使は中山道を通って4月15日に日光山に到着,翌16日の朝奉幣した。…

【真継家】より

…ついで康綱は江戸幕府から鋳物師支配を承認されるとともに,1609年(慶長14)伊勢神宮の式年遷宮に当たり子息康利(親当)とともに斎部姓に改姓,奉幣使となり,14年には総奉行片桐且元の下で諸国の鋳物師を動員して方広寺の鐘を鋳造する。また17年(元和3),22年に康綱,康利は日光奉幣使とともに関東に下向,真継家は以後,伊勢,日光の例幣使の役を務めることとなる。康利のあと,親賢,その養子久忠,子息玄以が継承,この間,鋳物師支配はいったん弛緩するが,玄以の養子珍弘のとき,元禄~享保(1688‐1736)以後〈御蔵真継〉の朱印を用いた鋳物師職許状を発給し,支配の再建に力を注いだ。…

※「例幣使」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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