栃久保村(読み)とちくぼむら

日本歴史地名大系 「栃久保村」の解説

栃久保村
とちくぼむら

[現在地名]奥多摩町氷川ひかわ

南・北を氷川村に囲まれ、日原につぱら川が多摩川に合流する地点の西側段丘上に立地する。江戸初期には氷川村の枝郷であったが、元禄二年(一六八九)幕府代官設楽勘左衛門の時、氷川村から分村したという。しかし元禄郷帳・天保郷帳でも氷川村一村で高付けされている。元禄郷帳の注記に栃窪とある。氷川村とは人家も境界も錯綜していたという(風土記稿)。享保七年(一七二二)の氷川之内栃久保村明細帳(田草川家文書)によれば、村高一一二石余、反別畑三六町九反余(うち川欠三反余)・屋敷一町三反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む