日本歴史地名大系 「栗村堰」の解説 栗村堰くりむらせき 福島県:河沼郡会津坂下町栗村堰大沼郡新鶴(にいつる)村和田目の和泉(わだめのいずみ)新田の北東で旧宮(みや)川(鶴沼川)左岸より取水し、会津坂下町若宮(わかみや)地区東部―坂下地区南部―川西(かわにし)地区を流れ、再び宮川に注ぐ約九キロの用水路。支流末端までは約一〇キロ余ある。灌漑面積は約四七六ヘクタール。昭和三二年(一九五七)頃は約六〇〇ヘクタールであったが、その後工場敷地・宅地・道路などにより減少している。栗村家系譜(栗村家文書)によれば、栗村の初代地頭栗村盛俊が領内の水利を図り、水田開発を計画し、元弘元年(一三三一)長男盛満とその子盛源に命じて着工させた。しかし中先代の乱などのため中断、曾孫盛清により正平年間(一三四六―七〇)完成したという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by