日本歴史地名大系 「根古谷村」の解説 根古谷村ねごやむら 千葉県:八街市根古谷村[現在地名]八街市根古谷用草(もちくさ)村の西に位置し、西は西御門(にしみかど)村(現佐倉市)。根古屋・根木谷とも書いた。中世の白井(しらい)庄塩古(しおこ)郷の中心を占めたとみられ、地名は当地にあった中世の根古谷城に仕える家臣の屋敷としての根小屋の意味と考えられる。もと塩古村の一部で、元禄三年(一六九〇)から同一三年の間に分村して成立。以後、塩古(塩子)を冠称し塩古(塩子)根古谷村ともいう。元禄一三年頃の下総国各村級分では佐倉藩領で、高二八九石余。以後幕末まで同藩領。正徳三年(一七一三)に新田が加わり二九三石余、寛保二年(一七四二)に林畑が開発され二九五石余となり(「年貢割付状」根古谷区有文書)、以後変わらず。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報