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根岸鎮衛 ネギシヤスモリ

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デジタル大辞泉の解説

ねぎし‐やすもり【根岸鎮衛】

[1737~1815]江戸後期の江戸町奉行。在任は足掛け18年にも及び、名奉行とされる。著「耳嚢(みみぶくろ)」。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

根岸鎮衛 ねぎし-やすもり

1737-1815 江戸時代中期-後期の武士。
元文2年生まれ。幕臣。勘定吟味役,佐渡奉行,勘定奉行などを歴任し,寛政10年江戸南町奉行となる。肥前守。著作「耳嚢(みみぶくろ)」は,古老や訪問客からの聞き書きをあつめた随筆である。文化12年11月9日死去。79歳。本姓は安生。通称は銕蔵,九郎左衛門

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朝日日本歴史人物事典の解説

根岸鎮衛

没年:文化12.12(1815)
生年:元文2(1737)
江戸中期から後期の幕臣,随筆家。通称は銕蔵,九郎左衛門。肥前守。安生太左衛門定洪の3男。宝暦8(1758)年に根岸衛規の臨終養子となる。以後,天明4(1784)年佐渡奉行,同7年勘定奉行,寛政10(1798)年江戸町奉行と,寛政改革の前後に目ざましい出世を遂げた。町奉行としての評判は高かった(志賀理斎「耳嚢副言」)。随筆『耳嚢』10巻(1814完)は,佐渡奉行在任中に筆を起こし,江戸城中勤仕の暇に書きためた聞書き,雑談集である。宝暦以降の市中風聞,為政者の噂など,幕府のエリート能吏の豊富な話柄は愉快極まりない。近年,10巻の完備本がカリフォルニア大学バークレー校旧三井文庫で発見され,活字化された。<著作>長谷川強校注『耳嚢』

(ロバート・キャンベル)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

ねぎしやすもり【根岸鎮衛】

1737~1815) 江戸中・後期の幕臣。江戸町奉行。明快な裁決で治績をあげる一方、見聞を記した随筆「耳囊みみぶくろ」を残す。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の根岸鎮衛の言及

【耳袋】より

…近世後期の随筆。根岸鎮衛(やすもり)(1737‐1815)著。自序は〈耳囊〉と記す。…

※「根岸鎮衛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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