江戸幕府の役職。職務内容は,勘定奉行以下の勘定所諸役人・代官を監督・統制すること。勘定奉行の意見・政策についても意見を加え,法令発布のさいには連署もした。勘定奉行に次ぐ地位であったが,老中の直接支配をうけていたためにその権限は大きかった。1682年(天和2)6月,2名を任命したのがはじまりであるが,当時は勘定頭差添役と呼ばれ,88年(元禄1)ごろより勘定吟味役と呼ばれるようになった。しかし,99年以降は,任命される者がなく,事実上廃官の状態となった。その後,1712年(正徳2)7月,新井白石の建議により2名が任命され,この職が復活した。23年(享保8)に公事方・勝手方に分割され,以後幕末まで定員2~4名であった。勘定所機構内の要職であったため,代官・勘定方役人から登用される者が多く,勘定奉行へ昇進する者もいた。
執筆者:大石 学
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
江戸幕府の役職の一つ。勘定組頭(くみがしら)以下の職務の点検・監督にあたる。勘定奉行の政策についても意見を加え、伺書(うかがいしょ)や勘定帳に連署した。勘定所内では勘定奉行に次ぐ地位で、老中の直接支配を受けることから権限は大きく、勘定奉行以下に非違あるときは老中に開陳する特権をもつ。1682年(天和2)佐野正周(まさちか)・国領重次(こくりょうしげつぐ)の2名を任命したのが最初で、当初は勘定頭差添役(かんじょうがしらさしぞえやく)と呼ばれ、1688年(元禄元)頃より勘定吟味役と呼ばれるようになった。1699年以降空席となっていたが、1712年(正徳2)新井白石の建議により2名が任ぜられ、1722年(享保7)に公事方(くじかた)・勝手方(かってかた)に分割、公事方は訴訟の裁決の当否を判定、評定所(ひょうじょうしょ)に列する。勝手方は貢租徴収、米金の出納など勘定所事務を監査する。1867年(慶応3)廃止。定員2~4名、500石高、役料300俵。属僚に吟味方改役(あらためやく)・吟味方下役(したやく)がある。
[大野瑞男]
『松平太郎著『江戸時代制度の研究』復刻版(1993・柏書房)』
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
江戸幕府の役職。老中支配。1682年(天和2)創置。99年(元禄12)一時廃止されたが,新井白石の献言により1712年(正徳2)再置され,1867年(慶応3)まで存続。一時廃止時までは勘定頭差添役・勘定吟味とよばれていた。定員ははじめ3人だったが,享保年間に増員され4~6人となった。職務は勘定所における金穀の出納,封地分与,幕府直轄領の年貢徴収および郡代・代官の勤怠,金銀改鋳などの監察であった。また勘定所構成員の不正を老中に報告する権限をもっていた。さらに勘定所の経費の決定には吟味役の同意を必要とした。役高500石,役料300俵。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新