根波別所村(読み)ねばべつしよむら

日本歴史地名大系 「根波別所村」の解説

根波別所村
ねばべつしよむら

[現在地名]三刀屋町根波別所

東の里坊さとぼう村などとともに神戸かんど川水系に属し、数条の小河川の谷筋に沿って集落が点在する。南は加食田かじきた村。ほとんどの場合根波村とみえる。地元にはある時期に根波村と別所村が合併したとの口碑があるが、江戸期を通じて近隣に別所村は存在せず、判然としない。むしろ別所の名が根波であったと考えるほうが自然であろう。その場合の別所は、加食田村にある禅定ぜんじよう寺か、神門かんど野尻のじり(現出雲市)法王ほうおう寺の別所と思われる。地元では禅定寺説が有力である。慶安元年(一六四八)の根波村御検地帳によれば田方二三町四反余・分米二九五石余、畑方一四町四反余・分米八三石余、屋敷数二二とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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