桐竹政亀(読み)キリタケ マサカメ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「桐竹政亀」の解説

桐竹 政亀
キリタケ マサカメ


職業
文楽人形遣い

本名
藤田 宗次郎

別名
前名=桐竹 亀二郎

生年月日
明治5年 7月7日

出生地
大阪府 江戸堀

経歴
明治24年2代桐竹亀松の門に入り、桐竹亀二郎の名で彦六座に勤めた。30年御霊文楽座に入り、38年政亀と改名した。明治末から大正にかけて文楽の二枚目、娘役遣いとして活躍。昭和に入り2代桐竹紋十郎ら若手の進出で、晩年は婆役専門に追われ不遇であった。

没年月日
昭和20年 3月8日 (1945年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「桐竹政亀」の解説

桐竹 政亀
キリタケ マサカメ

明治〜昭和期の文楽人形遣い



生年
明治5年7月7日(1872年)

没年
昭和20(1945)年3月8日

出生地
大阪・江戸堀

本名
藤田 宗次郎

別名
前名=桐竹 亀二郎

経歴
明治24年2代桐竹亀松の門に入り、桐竹亀二郎の名で彦六座に勤めた。30年御霊文楽座に入り、38年政亀と改名した。明治末から大正にかけて文楽の二枚目、娘役遣いとして活躍。昭和に入り2代桐竹紋十郎ら若手の進出で、晩年は婆役専門に追われ不遇であった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「桐竹政亀」の解説

桐竹政亀 きりたけ-まさかめ

1872-1945 明治-昭和時代前期の人形浄瑠璃(じょうるり)の人形遣い。
明治5年7月7日生まれ。2代桐竹亀松の門人。初名は亀三郎。明治27年政亀と改名。明治末から大正にかけて初代吉田栄三(えいざ),3代吉田文五郎につぐ二枚目・娘役の遣い手として活躍。のち脇役(わきやく),老役(ふけやく)に転じた。昭和20年3月8日死去。74歳。大阪出身。本名は藤田宗次郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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