桑原飛貝塚・元岡瓜尾貝塚(読み)くわばらひぐしかいづか・もとおかうりおかいづか

日本歴史地名大系 の解説

桑原飛貝塚・元岡瓜尾貝塚
くわばらひぐしかいづか・もとおかうりおかいづか

[現在地名]西区桑原 立浦・元岡 池の浦

桑原飛櫛貝塚は糸島いとしま半島東端の解析谷を流れる大原おおばる川左岸にある縄文時代後期初頭頃の貝塚。平成四年(一九九二)に発掘調査された。範囲は東西二〇メートル・南北一〇〇メートル前後。アサリマガキを中心とした内湾砂泥性貝類主体の貝層と、貝層中から掘込まれた土壙墓五基が発見された。人骨には貝輪を装着した熟年女性、抜歯風習のみられる熟年男性が各一体含まれている。土器は西九州地方の阿高系土器と瀬戸内地方の中津式土器、さらに阿高系と中津式の融合したものがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む