桑折城跡(読み)こおりじようあと

日本歴史地名大系 「桑折城跡」の解説

桑折城跡
こおりじようあと

[現在地名]三本木町桑折 館山公園

三本木大橋の東南の標高五七・二メートルのたて山にあり、この地はつる丘または小鶴こづる丘ともよばれ、桑折城は鶴館とも称される。険阻な地形で北は断崖となり鳴瀬なるせ川を隔てて大崎おおさき耕土に臨み、南は起伏する丘陵、東南部の麓にへび沼があった。「仙台領古城書上」に本丸は東西四五間・南北一〇間、二の丸は東西一三間・南北二二間とある。「桑折村安永風土記」に「鶴館」として縦六〇間・横一八二間とある。西側に鋭い形に掘られた空壕跡が認められる。城主について古城書上は八野木相模または渋谷ともいうと伝え、風土記は「右城主大崎御家臣渋谷相模様之由申伝候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む