桑野保(読み)くわのほ

日本歴史地名大系 「桑野保」の解説

桑野保
くわのほ

現桑野町・内原(うちわら)町・橘(たちばな)町付近に比定される保。建武三年(一三三六)一一月一九日の源重長宛行状写(海正八幡神社文書、以下とくに断らない限り同文書)に桑野保とみえ、伴恒光が当保内の海八幡宮(現海正八幡神社)の神主職に補任されている。なお貞和三年(一三四七)三月の某申状案は虫損が多く詳細は不明ながら、元徳二年(一三三〇)以前当保の地頭は山田彦太郎家重であったが追放され、当保は長崎禅門(得宗被官長崎高綱)の管領するところとなり、代官有田左衛門と又代官門西(和喰入道か)が置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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