桜井谷陣屋跡(読み)さくらいだにじんやあと

日本歴史地名大系 「桜井谷陣屋跡」の解説

桜井谷陣屋跡
さくらいだにじんやあと

[現在地名]豊中市春日町一丁目付近

野畑のばたけ村に置かれ、桜井谷役所ともいう。武蔵岡部藩安部氏の摂津国二四ヵ村、丹波国四ヵ村の支配陣屋として設置された。もと柴原しばはら村にあったという(桜井谷郷土史)。宝永七年(一七一〇)役所敷地として一石九升五合五勺、正徳二年(一七一二)一石七合の敷地が追加され、享保元年(一七一六)に一斗九升四合、元文五年(一七四〇)に一斗四升の追加があった。陣屋役人の構成は、家老郡代の下に代官があり、小役人・下役・足軽・門番・中間など一〇余名を指揮した(豊中市史)。陣屋をめぐって当市域では激しい騒動が二度にわたって起こった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む