江戸時代に諸藩が発行し、主として領内において通用させた紙幣。最初の藩札は1661年(寛文1)越前(えちぜん)国福井藩で発行した銀札であった。藩札は正貨の幕府貨幣(金・銀・銭の三貨)との関係から、金札、銀札、銭札などの別があったが、そのなかで銀札がもっとも多く発行された。そのほか米札、綛糸(かせいと)札、傘(かさ)札、轆轤(ろくろ)札、鯣(するめ)札、昆布(こんぶ)札などの特殊な紙幣もみられた。藩札の発行に先だって、江戸初期から伊勢(いせ)、大和(やまと)、摂津(せっつ)、河内(かわち)、和泉(いずみ)、紀伊などの先進地帯において私札が発行された。伊勢の羽書(はがき)はなかでも代表的な私札であった。
その後、城下町経済の体制が確立した寛文(かんぶん)期(1661~73)以降、全国各地の諸藩で藩札が発行されるに至った。藩札発行の理由は、領内における幕府貨幣の不足を補い、通貨量の調整を図ることや、藩財政の窮乏緩和を直接意図していたことなどに求められる。藩札の発行に際して、幕府の許可が必要であったが、それが制度化したのは1730年(享保15)であり、藩札の使用期間が20万石以上の藩で25年、20万石以下の場合には15年と定められた。藩札の発行に際して、領内外の富商が登用されて札元(ふだもと)の役割を果たした場合が多く、藩札の流通信用の基礎には藩当局の国家信用と札元の商人信用とが表裏一体の関係をなしていた。藩札が諸藩の専売制度と結び付き、領内特産の木綿(もめん)、紙、塩、砂糖、蝋(ろう)、青莚(あおむしろ)などの買上げ資金として利用された場合も少なくなかった。大部分の藩札は幕府貨幣との兌換(だかん)を約束した兌換紙幣の形式をとっていたが、藩札が財政窮乏のため乱発されて、藩札会所における兌換準備金が不足して不換紙幣化し、藩札の市中価格が暴落して、札遣(ふだづか)い経済が混乱状態に陥る場合もみられた。藩札の通用範囲は領内通用(一藩内限り)を原則としていたが、商品流通の発展に伴って、近隣諸藩において領外通用した所も少なくなかった。
幕府は諸藩とは違って紙幣を発行しない方針を維持してきたが、幕末の1867年(慶応3)になって、江戸横浜通用札、江戸および関八州(かんはっしゅう)通用札、兵庫開港札の3種類の金札を相次いで発行したが、その直後に明治維新となりほとんど流通しなかった。明治政府は1871年(明治4)7月廃藩置県の際、藩札回収令を発布し、藩札をその時点における現地相場で回収し、政府が責任をもって新貨幣と交換する方針を明らかにした。当時の調査によると、藩札を発行していたのは三百諸侯の約80%にあたる244藩の多きに達しており、政府はその雑多な藩札を約8か年の歳月を費やして整理し、紙幣面における幣制改革を順調に進めた。
[作道洋太郎]
『大蔵省編、本庄栄治郎校訂『大日本貨幣史』全9巻(1969~70・歴史図書社)』▽『作道洋太郎著『近世日本貨幣史』(1958・弘文堂)』▽『作道洋太郎著『日本貨幣金融史の研究――封建社会の信用通貨に関する基礎的研究』(1961・未来社)』▽『山口和雄著『藩札史研究序説』(1966・日本銀行調査局)』▽『妹尾守雄著『藩札概要』(1964・日本銀行調査局)』▽『荒木豊三郎著『藩札』全2巻(1965、66・いそべ印刷所)』
江戸時代に諸藩が発行した紙幣。最初の藩札は1661年(寛文1)越前国福井藩で発行した銀札であった。藩札の発行に先立って,江戸初期には伊勢,大和,河内,和泉,摂津の諸地域で私札の発行が見られ,それが寛文期以降における藩札の続発を生むに至った。1871年(明治4)の調査によると,全国諸藩の約80%にあたる244藩で藩札を発行していた。藩札は幕府貨幣の三貨との関係から,金札,銀札,銭札が見られたが,銀札が最も多い。そのほか米札,綛糸(かせいと)札,轆轤(ろくろ)札,鯣(するめ)札,昆布札などの特殊なものがあった。藩札は幕府貨幣の不足を補い領内の通貨量を調整し,さらに藩財政の窮乏を打開することを目的として発行された場合が多い。藩札の発行は幕府の許可を必要としたが,それが制度化されたのは1730年(享保15)で,藩札の使用期限が20万石以上の藩では25年,20万石以下の場合は15年とされた。藩札の発行には領内外の富商が登用されて札元となり,その商人信用に裏づけられて札遣いが順調に行われ,藩当局の国家信用が強化された場合が多い。藩札が領内特産の木綿,砂糖,紙,青莚(あおむしろ),蠟などの藩専売制と関連して用いられ,それらの国産品を国産会所(産物会所)で買い上げるための資金として利用された。藩札の流通範囲は領内通用(一藩限り)を原則としていたが,近隣諸藩に領外通用を見た場合も少なくない。しかし1866年(慶応2)に紀州藩が発行した領外5ヵ国(大和,河内,和泉,摂津,播磨)通用札は例外的な藩札であった。
藩札の発行に際して,藩当局は通用規則を定め,藩札の専一的流通を強制した場合も少なくないが,藩札と幕府貨幣との混合流通を当初から認めた諸藩もあった。藩札は幕府貨幣との兌換をたてまえとし,藩札にもその旨の文言が記載されていた場合が多いが,藩財政の窮乏により藩札が乱発され不換紙幣化する事態も引き起こされた。幕府は諸藩とは違って硬貨主義をとり,紙幣は発行しない方針を続けたが,幕末の67年になって江戸横浜通用札,江戸および関八州通用札,兵庫開港札の3種の金札を発行した。明治政府は71年7月の廃藩置県のとき藩札回収令を発布し,藩札を当時の現地相場で政府が買い上げることとし,約8ヵ年の歳月を費やして79年6月にその回収を完了した。
執筆者:作道 洋太郎
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江戸時代,諸藩で発行した紙幣。金札・銀札・米札(べいさつ)などの種類があり,短冊形の厚手の和紙に印刷された形態が多い。現存するものでは1661年(寛文元)の福井藩の銀札が最初で,発行例は244藩に及ぶ。幕府は1707年(宝永4)に札遣いを禁止したが,30年(享保15)に解禁して,札発行の先例をもつ藩にかぎりこれを認め,のち米札についても同様の規制を加えた。領内の貨幣不足の緩和や,専売制実施と関連して発行されたが,藩財政の窮乏化のなかで乱発され,兌換原則が崩れて領内経済を混乱させることも多かった。廃藩のため1871年(明治4)に通用停止となり,79年までに新貨に交換された。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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…江戸時代に江戸を中心とした関東では金建て(金遣(きんづかい)=金単位の取引),大坂を中心とした関西では銀建て(銀遣(ぎんづかい)=銀単位の取引)の慣行がみられ,金経済圏と銀経済圏の二つの経済ブロックが形成されていた。幕府制定の三貨のほかに,大名領国では藩札と呼ばれる紙幣が発行された。最初の藩札は1661年(寛文1)発行の越前国福井藩札で,1871年(明治4)の調査によると全国諸藩の約80%に及ぶ244藩で藩札を発行していた。…
…会所で奨励または統制の対象になった産物は,コウゾ,紙,ハゼ(櫨),ハゼ蠟,漆,漆蠟,鉄,綿,木綿,藍玉(あいだま),生糸,蚕種,織物,塩,砂糖,石炭など多種多様であった。集荷にあたっては藩札が利用されているところが多い。会所は深刻な財政難から産物の独占をめざす例が多く,そのため会所が百姓一揆の攻撃目標になった例がある。…
…欧米で歴史上有名な政府紙幣の例は,フランス大革命のさいのアッシニャ紙幣(1789‐96),アメリカ南北戦争のさいのグリーンバックス紙幣(1862‐66),第1次大戦のさいのイギリスのカレンシー・ノートcurrency note(1914‐28)である。日本では江戸時代の藩札,明治維新政府発行の太政官札,民部省札,開拓使証券などがその代表的な例であるが,比較的最近の例としては太平洋戦争中に補助貨の払底に対処して発行された小額紙幣,軍隊が占領地で軍費支弁のために発行した軍票がある。なお,明治初期の国立銀行紙幣は紙幣を呼称していても銀行券である。…
…江戸では,小網町に2軒の荷受問屋から同時に大伝馬町の江戸表木綿問屋に売却されていたが,この取引は正金銀であった。こうして,藩は江戸で正金銀で受け取り,国元では藩札で支払が行われる。そしてこの循環経路が完全に整備されるのは,幕府にこの経緯を申請して姫路木綿の江戸表売捌仕法(えどおもてうりさばきしほう)を幕府に認めさせた1836年(天保7)のころであったといえよう。…
…この場合,専売機関として産物方や国産会所といった役所や,専売の商品名をつけた紙会所や蠟会所などが設置され,また,間接的購買独占の場合には,有力商人が会所の頭取に任命されている例が多い。なお当時は財政窮乏のため各藩で藩札が発行され,なかには藩札で領内から商品を購入し,これを大坂,江戸へ送って正貨を獲得する方法がとられていた。このため藩札発行の金融機関が専売の機能を兼ねている例もある。…
※「藩札」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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