日本歴史地名大系 「桜島郷」の解説
桜島郷
さくらじまごう
鹿児島藩の直轄外城の一。
文政七年当時、桜島郷の郷士家四四六軒のうち二七四軒は横山村の麓に集まっているが、残りは一一村に分散していた(九州東海辺沿海村順)。寛永一六年(一六三九)には向之島として郷士高六三一石余、衆中八九人はすべて知行取で、三〇石以上一人(列朝制度)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
鹿児島藩の直轄外城の一。
文政七年当時、桜島郷の郷士家四四六軒のうち二七四軒は横山村の麓に集まっているが、残りは一一村に分散していた(九州東海辺沿海村順)。寛永一六年(一六三九)には向之島として郷士高六三一石余、衆中八九人はすべて知行取で、三〇石以上一人(列朝制度)。
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