桜本陵(読み)さくらもとりよう

日本歴史地名大系 「桜本陵」の解説

桜本陵
さくらもとりよう

[現在地名]左京区鹿ヶ谷法然院町

冷泉天皇陵。桜本は神楽岡かぐらおかの東一帯にわたる古地名で、現在の浄土寺鹿ししだに総称である。「栄花物語」巻五に「故北方の御墓をおがみに、師殿・中納言殿諸共に桜本にまいらせ給。あはれに悲しうおほされておはせましかばと、覚さるゝにも、涙におぼれ給。折しも雪いみじう降る」とあり、かつてこの辺りが墓地であったことが記されている。

冷泉天皇は寛弘八年(一〇一一)一〇月二四日に没し、同一一月一六日「桜本寺乾原」に葬られた(帝王編年記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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