桜林興野村(読み)さくらばやしこうやむら

日本歴史地名大系 「桜林興野村」の解説

桜林興野村
さくらばやしこうやむら

[現在地名]平田町桜林興野

桜林村の北にあり、東は中野目なかのめ村。中央を大町おおまち堰が北流する。桜林村の北に位置することから北興野とも称された。東田ひがしだ桜林興野遺跡には、奈良時代から平安時代にかけての集落跡がある。諏訪神社の縁起を書いた額面に、当村は永禄二年(一五五九)信濃国の浪人櫛引くしびき(現東田川郡櫛引町)に移住、その後当所に移り開発したのが始まりとある。創始者と二代目が不詳なため、三代目治郎兵衛を創始者としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む