梁川陣屋跡(読み)やながわじんやあと

日本歴史地名大系 「梁川陣屋跡」の解説

梁川陣屋跡
やながわじんやあと

[現在地名]梁川町 鶴岡・桜岳

梁川城跡に置かれたとされる梁川藩および幕府の陣屋。天和三年(一六八三)八月、松平出雲守義昌(徳川光友の三男)が伊達郡三〇村・三万石を与えられて松平氏梁川藩が成立、その際梁川城の三の丸跡に陣屋が設けられたとみられる(安政二年「陣屋付村高旧記取調書」福島県史)。義昌のあと義方・義真が藩主となったが、享保一四年(一七二九)五月に義真が没し、無嗣絶家のため一時上知された。同年八月、尾張藩主徳川綱誠の子通春(のち宗春)が入部したが、翌一五年尾張藩主として転出し、廃藩となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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