梅川町(読み)うめかわちよう

日本歴史地名大系 「梅川町」の解説

梅川町
うめかわちよう

[現在地名]余市郡余市町梅川町・沢町(さわまち)・富沢町(とみさわちよう)・港町(みなとまち)

明治一四年(一八八一)から同三三年まで存続した町。中(なか)町の西にあり、その間の梅川に旭(あさひ)橋(これ以前は弥生橋)が架かる。明治一二年から湿地帯を開墾、同一四年七月に梅川町が設置された(「事業略記」・郡区沿革表など)。


梅川町
うめがわちよう

[現在地名]中区橘(たちばな)一丁目

飴屋(あめや)町の南に位置し、文政年間(一八一八―三〇)に開かれた町屋(金鱗九十九之塵)。日置(ひおき)八幡(日置神社)が氏神(府城志)。明治四年(一八七一)灰取(はいとり)町・飴屋町を合併。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む