梅木鶴村(読み)うめのきづるむら

日本歴史地名大系 「梅木鶴村」の解説

梅木鶴村
うめのきづるむら

[現在地名]清和村緑川みどりかわ

緑川渓谷をなす左岸矢筈やはず岳の中腹にあり、北は猪尾いお村、南は川口かわのぐち村、西は木原谷きはらだに村に接する。文明四年(一四七二)八月二八日の阿蘇山本堂造営棟別料足日記写(阿蘇家文書)に「うめぬきつる」とあり、家数二を記す。また「いゑ十二 めい□□」とあるのは「肥集録」に載る「めいら連」(目射)とも考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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