梨子平村(読み)なしがだいらむら

日本歴史地名大系 「梨子平村」の解説

梨子平村
なしがだいらむら

[現在地名]越前町梨子なしだいら

越前岬北方に位置し、西は日本海を望み北東は八俣やつまた(現越廼村)集落はつづら折りの道を登った所にあり、田はすべて棚田。「越前地理指南」に「西ノ海辺ニ鼻蔓はなつる岩と云岩アリ幅廿間、長卅間計」と記す。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図ではだいら村に含まれると考えられ、正保郷帳によると田方三三石余・畠方六六石余。初め福井藩領、貞享三年(一六八六)以降幕府領

当村および八俣・城有しろり(現越廼村)三村左右そう浦の間に、浜地進退をめぐって貞享年間から明治二〇年(一八八七)にかけて争論があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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