梵福寺跡(読み)ぼんぷくじあと

日本歴史地名大系 「梵福寺跡」の解説

梵福寺跡
ぼんぷくじあと

奈良市鹿野園ろくやおん町にあったとみられる寺院で、現存しない。「日本後紀」延暦二三年(八〇四)五月一八日条の善謝が八一歳で没した記事のなかに「延暦五年、弥照(桓武)天皇擢任律師、栄華非好、辞職閑居、凡厥行業、必於菩提、一生期尽、終於梵福山中、遂生極楽、入同法夢、時年八十一」とあり、「僧綱補任」第一の延暦二三年条には「律師 善謝 五月十八日入滅、往生極楽、菩提梵福両山間居送数年、遂有往生之瑞」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む