森下景端(読み)もりした けいたん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「森下景端」の解説

森下景端 もりした-けいたん

1824-1891 幕末-明治時代の武士,神道家。
文政7年生まれ。備前岡山藩士。郡奉行のとき農兵の必要性を進言し,いれられて耕戦隊を組織。これをひきいて戊辰(ぼしん)戦争に従軍した。藩の参政にのぼり,明治6年大分県令。辞任後は黒住(くろずみ)教の副管長として布教にあたる。明治24年1月1日死去。68歳。通称は立太郎。号は竹堂。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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