森岡二朗(読み)モリオカジロウ

デジタル大辞泉 「森岡二朗」の意味・読み・例文・類語

もりおか‐じろう〔もりをかジラウ〕【森岡二朗】

[1886~1950]官僚奈良の生まれ。東京帝大卒業後、内務省に入り、警保局長、台湾総督府総務長官などを歴任。昭和16年(1941)に日本野球連盟日本職業野球連盟から改称)の初代会長となり、戦時下のプロ野球存続に尽力した。

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新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「森岡二朗」の解説

森岡 二朗
モリオカ ジロウ


肩書
貴院議員,日本職業野球連盟会長

生年月日
明治19年5月1日

出身地
奈良県

学歴
東京帝国大学法科卒

経歴
高文行政科合格後、内務省入り、内務省警保局長、台湾総督総務長官等を歴任した後、貴院議員を務めた。昭和11年日本職業野球連盟が設立、大東京軍の取締役副会長となる。16年連盟の機構改革に際し初代会長、19年日本野球報国会会長となり、戦時中はプロ野球存続のため辛苦を重ねた。戦後公職追放となり、関係者からも忘れられた状態だったが、44年野球殿堂入りした。

没年月日
昭和25年12月20日

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20世紀日本人名事典 「森岡二朗」の解説

森岡 二朗
モリオカ ジロウ

大正・昭和期の官僚 貴院議員;日本職業野球連盟会長。



生年
明治19(1886)年5月1日

没年
昭和25(1950)年12月20日

出身地
奈良県

学歴〔年〕
東京帝国大学法科卒

経歴
高文行政科合格後、内務省入り、内務省警保局長、台湾総督総務長官等を歴任した後、貴院議員を務めた。昭和11年日本職業野球連盟が設立、大東京軍の取締役副会長となる。16年連盟の機構改革に際し初代会長、19年日本野球報国会会長となり、戦時中はプロ野球存続のため辛苦を重ねた。戦後公職追放となった。44年野球殿堂入りした。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「森岡二朗」の解説

森岡二朗 もりおか-じろう

1886-1950 大正-昭和時代前期の官僚。
明治19年5月1日生まれ。内務省にはいり島根,青森,茨城,栃木の各県知事,警保局長,台湾総督府総務長官などを歴任。昭和16年日本職業野球連盟の初代会長となり,戦時下でプロ野球の存続につとめた。44年野球殿堂入り。昭和25年12月20日死去。64歳。奈良県出身。東京帝大卒。

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