島根(読み)シマネ

デジタル大辞泉 「島根」の意味・読み・例文・類語

しまね【島根】[地名]

中国地方中央部の県。日本海に面する。もとの出雲いずも石見いわみ隠岐おきの3国を占める。県庁所在地松江市。人口71.6万(2010)。

しま‐ね【島根】

《「ね」は接尾語》島。島国。
「岩が根の荒き―に宿りする君」〈・三六八八〉

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精選版 日本国語大辞典 「島根」の意味・読み・例文・類語

しまね【島根】

  1. [ 一 ] 島根県北東部の旧郡名。八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと)の命名と伝えられるが、由来についての伝承はない。出雲(いずも)国北部、島根半島の東部にあたり、明治二九年(一八九六)八束郡に含められた。
  2. [ 二 ]しまねけん(島根県)」の略。

しま‐ね【島根・島峰】

  1. 〘 名詞 〙 ( 「ね」は接尾語 ) 島。島が根。
    1. [初出の実例]「岩が根の 荒き之麻禰(シマネ)に 宿りする君」(出典:万葉集(8C後)一五・三六八八)

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改訂新版 世界大百科事典 「島根」の意味・わかりやすい解説

島根[県] (しまね)

基本情報
面積=6707.95km2(全国19位) 
人口(2010)=71万7397人(全国46位) 
人口密度(2010)=107.0人/km2(全国44位) 
市町村(2011.10)=8市10町1村 
県庁所在地=松江市(人口=19万4258人) 
県花=ボタン 
県木クロマツ 
県鳥=ハクチョウ

中国地方の北西部に位置する県。東は鳥取県,南は広島県,南から西にかけては山口県に接し,北は日本海に臨み,日本海上の隠岐諸島を含む。

県域はかつての出雲,石見,隠岐の3国全域にあたる。江戸末期,出雲には松江藩とその支藩の広瀬藩,母里(もり)藩が,石見には石見銀山を中心とする幕府直轄地(大森代官所支配)と浜田藩,津和野藩が置かれ,隠岐は松江藩の預り地であった。1869年(明治2)隠岐国に隠岐県がおかれたが,同年石見国の旧浜田藩領と石見銀山領とともに大森県となり,翌年浜田県と改称した後,廃藩置県を経て津和野県を合併した。出雲国では松江藩,広瀬藩,母里藩が廃藩置県を経た後,71年島根県となり,76年浜田県,鳥取県を合併したが,81年鳥取県が再置され,現在の県域が確定した。

縄文時代では,まず前期の佐太講武(さだこうぶ)貝塚(松江市)がある。丸底の条痕文土器が中心で,石器,骨角器も出土している。中海や美保湾に面した島根半島には洞穴遺跡が少なくない。崎ヶ鼻遺跡(松江市)は前~後期の四つの海食洞穴からなる。また権現山洞穴(松江市)は後期後半の磨消縄文土器などを出土する。

 弥生時代では,九重(くのう)遺跡(安来市)が山陰地方弥生末期の九重式の標式遺跡で,土坑墓7基からなる。ここでは土坑埋め土の上面中央部に,器台,壺,甕など20個体以上の土器が供献されていた。古浦(こうら)遺跡(松江市)は弥生・古墳・奈良時代の複合遺跡だが,第3層で弥生中期,第4層で弥生前期の,多くは配石を伴う墓が検出され,50体以上の人骨も出土した。猪目(いのめ)洞穴(出雲市)は弥生前期~古墳時代後期の遺跡だが,弥生後期の貝輪を着装した例など15体以上の人骨のほか,籾や木器なども多数出土している。木器といえば,西川津遺跡(松江市)でも弥生前・中期中心のおびただしい木製農耕具が出土している。原山遺跡(出雲市)は,山陰で立屋敷式(板付Ⅱ式)土器が最初に確認されたことで知られる。荒神谷(こうじんだに)遺跡(簸川(ひかわ)郡斐川町)では1984年358本の銅剣が出土した。

 古墳時代では,まず出雲玉作(たまつくり)遺跡群(松江市)があげられる。碧玉の主産地花仙山を中心に,古墳時代前・後期の玉作集落がひろがっている。高畑(たかはた)遺跡(安来市)は5世紀後半ごろの須恵器生産集落址。鍵尾(かぎお)遺跡(安来市)は最古式の土師器,鍵尾式を伴う土壙墓群からなり,仲仙寺(ちゆうせんじ)古墳群(安来市)は古式土師器を伴う四隅突出型方墳を含み,古墳出現期の遺跡として注目される。造山(つくりやま)古墳群(安来市)の1号墳は4世紀初頭と考えられ,神原(かんばら)神社古墳(雲南市)は4世紀半ば,〈景初三年〉銘の三角縁神獣鏡が出土している。斜縁二神二獣鏡や刀,玉の出土をみた寺床(てらどこ)遺跡(八束郡東出雲町)は4世紀末~5世紀初頭,2段築成の前方後方墳である山代二子塚古墳(松江市)は5世紀,前方後方墳2基,方墳9基からなる金崎(きんざき)古墳群(松江市)は5~6世紀。〈額田部臣……〉の金象嵌銘のある大刀で有名になった岡田山古墳(松江市)は6世紀後半,金銅製履(くつ)などを出土した大念寺(だいねんじ)古墳(出雲市)は6~7世紀であろう。50余の横穴からなる飯ノ山横穴群(隠岐郡隠岐の島町)は線刻画をもつことで知られる。歴史時代では,出雲国分寺址(松江市),出雲国衙址(松江市)などがある。
出雲国 →石見国 →隠岐国
執筆者:

中国山地の北側斜面から日本海に至る〈山陰〉の西部を占める島根県は,中国山地の分水嶺が北にかたよっているため,地形は比較的急な傾斜を示す。河川は急流が多く,高津川による益田平野,斐伊(ひい)川,神戸(かんど)川による出雲平野のほかは,平野の発達はよくない。飯梨川扇状地,松江平野,出雲平野は県内最大の低地帯である宍道(しんじ)地溝帯に属し,最終氷期の海退期の深い谷を,後氷期の海成粘土層と河川の砂礫(されき)が埋積したところである。出雲平野は,出雲市の旧大社町から南東に延びる砂州の形成と斐伊川の沖積作用で陸化し,宍道湖域を外海と分離した。山陰の海岸は全体的に単調で,東部は東西に,西部は北東~南西に走り,この方向転換点に島根半島がある。島根半島は宍道低地帯の沖積低地が拡大して本土と接続したものである。海岸段丘日御碕(ひのみさき)のほか,西部に小さいものがある。西部海岸一帯は現在も隆起の傾向が続いている。砂浜海岸の代表は大社砂丘の前面の稲佐浜(いなさのはま)である。中国山地は県境に1000~1300mの山々が並び,山麓にかけて浸食面が階段状に発達する。島根県を中心に山口県にわたって広がる石見高原は,標高50~400mの著しい定高性山頂をもつ丘陵である。高原北東部に三瓶(さんべ)山,南西部に青野山などの溶岩円頂丘をもつ火山が見られ,温泉の分布は広い。山間部には小盆地が発達し,とくに出雲地方の山間部には近世の砂鉄採取地が,盆地,段丘上に特有の地形を残す。隠岐諸島は日本最古の岩石ともいわれる隠岐片麻岩を基盤とする島後(どうご)と,焼火(たくひ)山を中央火口丘とし,西ノ島,中ノ島,知夫里(ちぶり)島に囲まれた内海をカルデラ火口原とする島前(どうぜん)からなる。島前,島後ともに海食崖がとくに島の北西側に発達している。

 島根県の気候は,冬季は山間部に多雪現象を見る日本海型気候を示すのに対し,梅雨季は降水量の多い西南日本型気候を示すのが特色である。松江の年平均気温は14.4℃,秋から冬にかけて曇天や雨天が多く,陰うつな天気がつづく。降水日数は山地で150日以上,低地でも140日以上ある。冬季は北西季節風が強く,春はフェーン現象をしばしば起こす。隠岐は海洋性の気候を示す。

島根県の経済は,農林漁業に支えられてきた。農業の中心は米作と和牛の生産におかれていた。水田は耕地の8割を占め,各河川の沖積低地や山間盆地のまとまった水田以外に中山間地には棚田状の水田もかなり残っており,それがまた地域農業の重要な部分を構成するなど,中山間地農業・地域の問題が大きな課題となってきた。そのため島根県では1998年に〈中山間地域研究センター〉を開設することになった。かつては湿田が多かったが,1960年ころから土地改良工事が行われ,乾田化が進んだ。また大田市波根(はね)湖や中海の干拓による大規模な営農計画が推進された。島根牛として知られる和牛は1875年ころからの品種改良事業により名声を高めたが,第2次世界大戦後は優良種牛〈糸桜号〉の改良を重ね,一部放牧を行いながらも多くは〈子取り〉を主体として,全国の肥育農家に牛市を通じて出荷している。畑作は藩政期にワタ,ハゼノキヤクヨウニンジンなどの商品作物が松江藩の専売品として栽培されていたが,明治以後は輸入品に押されて衰微し,ワタ作は養蚕に変わり,大戦中の甘藷栽培を経て,現在では果樹や野菜栽培が行われるようになった。果樹は出雲市の砂丘地を利用したブドウ,安来市島田の二十世紀梨などの栽培が顕著である。野菜は東部の三井野原などで高冷地野菜が,松江市の旧東出雲町の干拓地では〈くにびき(国引)キャベツ〉(大阪市場での商品名)の栽培などが著名である。

 農業県といわれる島根県でも農業就業者は年々減少しており,1995年国勢調査の農業就業者の割合は11.9%(第1次産業全体でも14%)にまで縮小してきている。また同年の農業センサスによれば,農家率は22.2%であるが,専業農家は13.7%にすぎず,しかも専業農家でありながら販売農家となっているのは9.1%となっている。すなわち自給的高齢者世帯農家がかなり存在していることを示している。かつての若年層の流出に加え,現在では農村居住者の高齢化問題が深刻になってきており,悲劇的数字では高齢者の自殺率が全国でもトップクラスになってきている。島根県では今では過疎問題というより定住問題として論議がなされている。

 島根県の林業は,かつてはたたら製鉄用の薪炭の生産が中心であったが,明治以降たたら製鉄の衰微によって需要が急減したため,家庭用燃料に活路を求め,島根木炭の名で阪神や東京に出荷された。しかし1960年ころからこれも急速に需要が減少し,近年は薪炭の生産にかわってシイタケ,クリなどの栽培が行われている。山林面積は県域の77%で,わずかずつ減少してきている。かつてのたたら製鉄(雑木炭=炎が出るくらいに燃える方がよい)による影響もあって有用材が少ない。さらに1950年代からの用材需要の急増の中で私有林では過伐が行われ,その後の過疎化の中で植林労働の不足に直面し,いまだに美林の育成には成功していない。石見地方の山間部ではワサビ田が多くなってきたが,島根ワサビとして産地名が定着するにはいたっていない。

 海岸線が長く,隠岐堆などのすぐれた漁場をもつ島根県は,底引網漁業巻網漁業を主とする水産業が盛んであるが,県外船入漁と県外の漁港への水揚げが多い。底引網漁業は隠岐堆を漁場とし,鳥取県の境港,賀露(かろ),島根県の恵曇(えとも),北浜,浜田などを根拠地とする。アジ,サバ,イワシなど回遊魚を対象とする巻網は中型機船きんちゃく網を主とし,1950年代初期に急激に発達した。近世以降普及したイカ釣りも盛んである。このほか,島根半島のワカメ,隠岐,島根半島のアワビ,サザエ,ウニなどがある。内水面漁業は,中海のアカガイ養殖が干拓のため衰え,宍道湖のヤマトシジミは全国生産量のほとんどを独占している。これに加えてアマサギ(ワカサギ),シラウオ(海水産のシロウオとは異なる),ウナギ,スズキ,コイ,テナガエビを宍道湖の七珍と呼んでいるが,近年環境の悪化によるものか明らかにはなっていないが,豊凶の繰り返しに悩まされるようになってきた。

鉱業資源としては,古代から中国山地でたたら製鉄用の砂鉄が大量に採取されてきたが,明治以降は洋鉄の進出にともなって衰え,現在はわずかに刀剣用玉鋼の製鉄が技術伝承を兼ねて実験的に年1~2回行われているにすぎない。また,石見銀山(大田市)や弘安年間(1278-88)に開鉱された笹ヶ谷銅山(津和野町)などがあったが,いずれも今は廃鉱になっている。かつては全国有数の産出量を誇ったモリブデンやセッコウも,1970年代までにほとんど廃鉱になり,現在は,松江市の旧宍道町の来待(きまち)石,玉造(作)のメノウ,石見瓦の原土などが特産品製造に生かされているにすぎない。

 江戸時代に藩の財政を支えてきたたたら製鉄による鋼や雲州木綿などの伝統工業は近代化後の競合に敗退し,今ではわずかに江津市を中心とする石見瓦(全国瓦生産の3割)や奥出雲町の旧横田町の雲州そろばん(全国の4割)が残るだけになり,他には松江市の漆器や和菓子,全県に分布する民芸焼物,同市の旧八雲村や浜田市の旧三隅町の民芸和紙など伝統工芸として伝承されている状況である。

 近代工業として第2次大戦前に立地してきた製糸工業は,絹糸業の再編成の中で日原町(現,津和野町)の組合製糸が残るだけとなり,中国山地の用材を原料とするパルプ工場も縮小・再編を余儀なくされている。安来市の特殊鋼や東出雲町(現,松江市)の農業機械は,地場資本や原料を基盤に成立しただけに,経済環境の変化の中でも島根県では貴重な2000人規模の企業として,周辺に関連産業を集積して工業地区を形成している。1960年代からの工業誘致の動きは,初期には縫製工場や電機部品製造など大きな成果は上げてこなかったが,80年代後半からようやく先端産業系の工業の立地がみられるようになり,特に斐川町(現,出雲市)は村田製作所(セラミックコンデンサー)や富士通(同社ノートパソコンの全組立て)等の進出により工業地域を形成し,人口増加町となった。

産業別純生産をみると,高度成長期には第3次産業51%,第1次産業30%,第2次産業19%をそれぞれ占めていたが,1995年には第3次産業56%,第1次産業14%,第2次産業30%となり,なかでもサービス業は24%と高率を占めている。農林業の衰退と観光産業などの成長がうかがわれる。大山隠岐国立公園に含まれる隠岐諸島,島根半島,三瓶山や比婆道後帝釈国定公園,西中国山地国定公園に属する景勝地,出雲大社をはじめとする文化遺産,城下町のおもかげを残す松江市,津和野町などすぐれた観光資源をかかえているが,今後の発展のためには鉄道の複線化・電化,道路網の整備改善,空路の拡大など解決すべき問題も多い。

 島根県はその地理的条件から交通上の辺地に属し,鉄道の開通も他県に比して遅れ,1908年にようやく米子~松江間に現在の山陰本線が開通した。山陰本線は23年に益田まで開通して山口線と連絡した。中国山地を横断して山陽と連絡する鉄道としては,37年に木次(きすき)線(木次~備後落合),75年には三江(さんこう)線(江津~三次(みよし))が開通した。近世の街道は日本海沿いを東西に走る山陰道のほか,出雲街道(松江~四十曲峠~姫路),芸石街道(浜田~市木~広島)など南北を結ぶ街道があった。現在は山陰道の後身にあたる国道9号線,松江~三次~広島を結ぶ旧三次街道の54号線,江津~浜田~大竹を結ぶ186号線が主要道路である。隠岐との間には,松江市の旧美保関(みほのせき)町七類および鳥取県境港市から定期航路が通じており,いまではフェリーのほか超高速船が七類~西郷間を1時間で結んでいる。空港は出雲(松江)空港,隠岐空港のほか,1993年に益田市に石見空港が開港,小県ながら3空港をもっている。

自然条件,歴史的背景,社会・経済条件から県域は出雲,石見,隠岐の3地域に区分される。

(1)出雲地方 松江市を中核に,東は安来市に至る中海沿岸,西は出雲市を中心とする出雲平野,北は日本海から中海,宍道湖をへだてる島根半島,南は中国山地前面の雲南地区を含み,人口は県全体の65%を占める。いわゆる出雲神話の主舞台であり,出雲大社,美保神社,佐太神社など由緒のある神社も多く,神話にちなむ地名も数多く残っている。また古代からたたら製鉄の中心地として知られる。近世には松江藩による新田造成,殖産興業によって大きく発展した。安来市周辺(能義平野)は出雲平野と並んで県下で最も豊かな穀倉地帯である。中海地区新産業都市は県下唯一の近代工業地区であるが工業集積は小さい。城下町として栄えてきた松江市は,県都としての中枢管理機能のほかに商業・観光に市の経済を託している。茶を好んだ7代藩主松平不昧公の伝統を継ぎ,和菓子に見るべきものがある。島根半島は沿岸漁業と海岸の景勝美による観光産業が主である。雲南地区は和牛の生産で知られたが,かつて春の田植時に牧夫ともども役牛として賃貸借するこの地方特有の鞍下(くらした)牛の風習も,現在はまったくすたれてしまった。出雲平野は山陰でもっともすぐれた水田地帯であるが,特有の散村形態を示し,農家は各戸ごとに宅地をいわゆる築地松(ついじまつ)で囲み,美しい田園風景を見せている。

(2)石見地方 日本海沿いに東から大田市,江津市,浜田市,益田市の4市がならび,その南,中国山地北斜面に農山村が展開する。人口は県全体の32%を占める。大田市周辺は三瓶山および石見銀山跡の観光と,畜産,米作を主とする地帯で,出雲市の商圏に含まれる。城下町から明治期に開港場となり,さらに漁港都市となった浜田市は,日本海西部海域の沖合漁業基地で京阪神・広島市場に出荷しているほか,干しカレイや練り製品製造加工などがさかんである。近年は韓国の違反操業に悩まされている。江の川流域は養蚕,砂鉄で栄えた歴史をもち,石見銀山領,広島県北部と日本海沿岸とを結ぶ交通路の役割を果たしてきた。河口の工業都市,江津市はかつては江の川流域の物資集散地でもあったが,工業の不振のため人口も3万人を割り込むなど,市勢の振興策に悩んでいる。益田市は木材関連の工場が多く,県西部の中心都市としての機能も強い。明治中期ごろまでは石見地方西部の中心は津和野町で,江戸時代には和紙製造,明治期には養蚕業が盛んであった。山陰の小京都として知られ,城下町の遺構や森鷗外,西周の旧居などの観光資源がある。山間部はワサビ,シイタケ栽培が盛んであるが,人口再生産力の低下に加え,高齢者の死亡などによる,人口の絶対減が問題になってきている。

(3)隠岐 島前,島後に分かれ,四つの大きな島と約180の小島からなる。人口は県全体の3.4%にすぎない。古くから流刑の地として知られ,また朝鮮半島との交通の要地でもあった。近世には西廻海運の寄航地として,また〈俵物〉の生産,流通によって栄えたが,近年は交通の主脈からはずれ,往時のおもかげはない。沿岸いたるところに好漁場をもつが,内地の大規模な船団に主導権を奪われ,島内の漁業は衰滅の一途をたどり,古くから著名なイカ漁も往時の盛況からは遠い。隠岐特有の牧畑も1967年を最後に畑としての耕作機能を失い,牧場としてのみ使用されるようになり,一部の地区では造林計画が推進されている。
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島根(旧町) (しまね)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「島根」の意味・わかりやすい解説

島根
しまね

島根県北東部、八束郡(やつかぐん)にあった旧町名(島根町(ちょう))。現在は松江市の北部を占める地域。島根半島北岸に位置する。1956年(昭和31)加賀(かか)、大芦(おあし)、野波(のなみ)の3村が合併して島根村成立。1969年町制施行。2005年(平成17)松江市に合併した。北部は北山山系が日本海に迫り、各地に海食崖(がい)、海食洞を形成し、加賀ノ潜戸(かがのくけど)(国名勝・天然記念物)などの景勝地があり、大山隠岐(だいせんおき)国立公園の一部をなす。野波には後醍醐(ごだいご)天皇が隠岐脱出のとき立ち寄ったという伝説がある。中心の加賀は西廻(にしまわり)船の風待ち港、また松江藩港として繁栄した半農半漁の町。海岸には海水浴場が点在する。

[江村幹雄]

『関西学院大学地理研究会編『島根町』(1974)』『『島根町誌』2巻(1981、1987・島根町)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「島根」の意味・わかりやすい解説

島根
しまね

島根県北東部,松江市北部の旧町域。島根半島北岸にあり,日本海に臨む。 1956年大芦村,加賀村,野波村の3村が合体して島根村となり,1969年町制。 2005年松江市,鹿島町,美保関町,八雲村,玉湯町,宍道町,八束町の7市町村と合体して松江市となった。経済の中心は漁業で,瀬崎,野井のブリ定置網とワカメ採取が有名。山地が海に迫り耕地は段畑が多く,ブドウ栽培も行なわれる。海岸には加賀潜戸 (かがのくけど。国の名勝・天然記念物) ,多古の七ツ穴,築島の岩脈 (ともに国指定天然記念物) などの景勝地がある。海岸一帯は大山隠岐国立公園に属する。

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