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植松包美 うえまつ ほうび

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

植松包美 うえまつ-ほうび

1872-1933 明治-昭和時代前期の漆芸家。
明治5年11月1日生まれ。植松抱民の子。父に家業の蒔絵(まきえ)の技法をまなび,図案意匠は岸光景の指導をうける。琳派風の意匠をとりいれたが,のち琳派趣味を脱し独自の作風で知られる。日本美術協会展,帝展などで受賞多数。昭和8年11月16日死去。62歳。東京出身。本名は弥太郎。作品に「蜀江錦蒔絵料紙硯箱」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

植松包美

没年:昭和8.11.16(1933)
生年:明治5.11.1(1872)
明治から昭和初期の漆芸家。蒔絵師植松抱民の長男。東京生まれ,本名は弥太郎。蒔絵を父抱民に,図案を岸光景に学ぶ。古典蒔絵を研究して,古典の妙味を生かした伝統的で技巧に優れた作品を制作した。本阿弥光悦,尾形光琳に私淑して,意匠様式には琳派趣味のものが多いが,後年琳派風を脱して独自の様式をつくり上げた。明治25(1892)年第1次漆工競技会・褒状,33年パリ万国博・「料紙硯・手箱」出品,大正3(1914)年東京大正博・銅牌,第11・13回帝展・審査員など,漆工界の指導的な役割を果たした。東京谷中の領玄寺に葬られる。<参考文献>『近代日本の漆工芸』

(内田篤呉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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