漢語の意味では、古代の典籍や経典、あるいは古い法式や典礼をさす。後漢(ごかん)時代の許慎(きょしん)の著した中国最古の字書『説文解字(せつもんかいじ)』(100)によれば、典は冊(さつ)(札を集めて革紐(ひも)で編んだ勅書・文書)と丌(き)(物を載せて薦める台)の合字であり、その本義は机上に載せられた価値ある書物「五帝の書」である。中国古代の伝説上の五帝はいずれも有徳者で善政をなしたといわれるところから、彼らの理想的な治績を述べた「五帝の書」は、人の行いの範として遵尊すべき経典となった。ここから典は法則・規範の意味にも用いられ、古と結び付いて、歳月を経ても価値を失わない模範性をもつ典籍や法式を表すに至った。
西欧では、古典にあたるclassic(英語)、classique(フランス語)、Klassik(ドイツ語)は、ラテン語の名詞classisの形容詞classicusに由来する語である。伝承によれば、古代ローマ6代目の王セルウィウス・トゥリウスは市民を財産によって5階級に分け、それに従って軍隊を構成したとされるが、classisとは国家の有事の際に招集されるこの各階級のことである。初めは階級の一つを意味していたclassisは、やがて集合的に、各階級によって編成された軍隊や艦隊をさすようにもなり、とくにclassicus(classisに所属する)は貢献度の高い権威ある階級を形容する語となる。古代ローマの文人アウルス・ゲリウスAulus Gellius(123ころ―165ころ)の著した『Noctes Atticae』によれば、軍にもっとも多く寄与する最上の第一階級の者がclassici(classicusの複数形)とよばれ、第二階級以下がinfra classem(classisの下)とよばれたとされる。こうしてclassicusは「第一級の、最高級の」を意味することになり、著作家の品評でproletarius(低級の)の対概念として用いられるなど、模範性を表す語として一般化された。
このclassicusの語に「古い」の意味はないが、漢語の場合と同様に古代と密接な関係をもつに至るのは人文主義humanismのためである。流れ去る時のなかで過去の作品を評価し、選択する習慣は古代から認められ、これをhumanitas(人間性、人間らしさ)の研究、すなわち人文主義として確立させたのは、古代ローマのキケロである。彼は教養によって形成される人間性を実現するものとして古代ギリシアの学芸をあげ、これを模範とした。この人文主義は教父哲学やスコラ哲学を通じて続いたが、これによってギリシア・ローマの文物全般の第一級的価値性が明らかにされたのは、15、16世紀のルネサンスに至ってである。このため古典はただちにギリシア・ローマ文化を意味するまでになった。すなわち、ルネサンスの人々は、ギリシア・ローマ文化が深い淵源(えんげん)となって際だっては意識されなかった中世と違って、この文化を理想的な人間賛歌の文化として再認識し、自覚をもってその価値を明らかにしたのである。このようなギリシア・ローマ文化の再評価の運動は、18世紀ドイツの芸術批評においても展開された。たとえばウィンケルマンやレッシングは、古典の対象領域をいわゆる黄金時代に限局しながらも、美術や文芸の追究によって、古代の精神性を蘇生(そせい)させたのである。さらにギリシア・ローマ文化の研究を文献学Philologieの立場から古代学Altertumswissenschaftとしておこしたのはフンボルトやウォルフらである。このような運動はいずれも古代ギリシア・ローマ文化に人間性一般の根源的性格、人間性の理念そのものの具現をみいだし、これを模範、すなわち古典としたところから出発していた。
他方、古典の本質的性格と考えられる超時代的模範性は、価値概念として、ギリシア・ローマ文化に限られずに広範にさまざまな文物に適用されることにもなった。たとえばサント・ブーブやT・S・エリオットらは、文芸批評において古典の意義や条件を呈示したが、作品の実例に相違があっても古典が普遍性・規範性を含意すると考える点で共通している。要するに、時代や民族や場所などとは無関係に、教養の基礎となり、創作や鑑賞の規準となり、研究や批判に耐えるような創造的な作品、精神的活動の典範となるべき根源的・基礎的価値をもつ作品が古典とよばれるのである。今日われわれは、ともすれば先人の作品をおろそかにしがちであるが、人として遵守すべき真の価値を見極めるためには、歴史を通じて芸術や学問を醸成しその伝統を支えてきた古典を、顧みなければならない。
[樋笠勝士]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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