日本歴史地名大系 「植栗村」の解説 植栗村うえぐりむら 群馬県:吾妻郡吾妻町植栗村[現在地名]吾妻町植栗榛名(はるな)湖北側の尾根から吾妻川までの山麓北面傾斜地に位置し、東は小泉(こいずみ)村と西(にし)川をもって境する。万治二年(一六五九)沼田藩領分書上写によると高二七九石余。寛文郷帳では田方七四石余・畑方二〇五石余。寛文三年(一六六三)沼田藩領新検地控によると一千二五九石余、うち一四四石余が恩田庄助、三四〇石余が桃井清兵衛の給分。貞享二年(一六八五)沼田藩領再検地控では高七七一石余、元禄郷帳では旗本土屋領。元禄五年(一六九二)村明細帳(茂木文書)によると田方二〇一石五斗余・畑方五六九石五斗余。運上林が一一一ヵ所あり百姓七五人で永二貫六九六文。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by