椎路村(読み)しいじむら

日本歴史地名大系 「椎路村」の解説

椎路村
しいじむら

[現在地名]沼津市東椎路(ひがししいじ)・西椎路(にししいじ)

愛鷹(あしたか)山の南麓、沼(ぬま)川の上流域に位置する。東は西沢田(にしさわだ)村、西は東原(ひがしばら)村、南は松長(まつなが)村。村内を根方(ねがた)街道が東西に通り、同街道に沿って集落が形成されている。元亀三年(一五七二)五月二日に武田信玄が家臣の高田能登守に宛行った知行地のなかに「椎地之内井上分 参拾三貫」とみえる(「武田信玄判物」高田文書)。また現在中沢田の大中(だいちゆう)寺が所蔵する天正五年(一五七七)三月日の年紀がある子の銘に「駿州駿東郡稚(椎)路邑松寿庵」とある。この松寿(しようじゆ)庵(松寿院)は大中寺の末寺で、現在の東椎路小屋敷にある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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