椿原演練場跡(読み)つばきばらえんれんじようあと

日本歴史地名大系 「椿原演練場跡」の解説

椿原演練場跡
つばきばらえんれんじようあと

[現在地名]山内町大字鳥海

鳥海とのみ村の北に位置し、現在は畑に開墾されている一帯

天保二年(一八三一)佐賀藩武雄領では他藩に先駆けて火打銃をオランダから輸入し西洋式銃陣の操練を始めた。オランダ語の操典に基づき若い家臣を訓練したが、書籍の上での研究では不十分であり、長崎のオランダ商館に滞在中の軍医をひそかに武雄に迎え、領主館に潜ませてその指揮で調練を実施した(武雄史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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