日本大百科全書(ニッポニカ) 「楊岐方会」の意味・わかりやすい解説
楊岐方会
ようぎほうえ
(992―1049)
中国、北宋(ほくそう)代の禅僧。臨済(りんざい)宗楊岐派の派祖。俗姓は冷氏。宜春(ぎしゅん)(江西省)の人。南源山(なんげんざん)で慈明楚円(じみょうそえん)(986―1039)に参じ、師が潭州(たんしゅう)(湖南省)道吾(どうご)山、石霜山に移るに従って補佐し、のち悟りを開き嗣法(しほう)する。袁(えん)州(江西省)楊岐山普通院で宗風を振るい、五家七宗の一派に数えられるに至った。のちに1046年、潭州(湖南省)雲蓋山海会寺(うんがいさんかいえじ)に住した。弟子に白雲守端(はくうんしゅたん)(1025―1072/1073)、保寧仁勇(ほねいじんゆう)がいる。楊岐派は中国において大きな勢力をもち、日本に伝わった禅の24流のうち20流も占めて、禅宗を代表する勢いとなった。
[石井修道 2017年4月18日]