楮町
こうじまち
[現在地名]弘前市楮町
城の南東に位置し、松森町から小比内村・高崎村に向かう道筋の町並。
延宝五年(一六七七)の弘前惣御絵図(市立弘前図書館蔵)の貼紙に楮町とあり、二〇軒の屋敷割がある。町の本格的な形成は、国日記元禄一四年(一七〇一)五月二〇日条によれば、藩から紙漉町喜兵衛が、楮畑と楮作人二〇人分の屋敷地と材木を給されて行われた。元禄一四年の地子銀納への改定において、町役は一軒につき銀七匁と定められたが、小頭二軒は免除された(国日記)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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