楽円村(読み)らくえんむら

日本歴史地名大系 「楽円村」の解説

楽円村
らくえんむら

[現在地名]三国町楽円

三国湊の東南で、竹田(たけだ)川と兵庫(ひようご)川の合流地点の南側に位置する。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では「下木部村」(高三八六二・〇八二石)に含まれていた。村名は正保郷帳にみえ、田方三一四石・畠方三三四石余。貞享三年(一六八六)福井藩領から幕府領となるが、文政元年(一八一八)から同三年までの一時期福井藩領にもどっている。「越前地理指南」は枝村として「請地・しやかめ」を記し、「越前国名蹟考」は「清地・坂目・金井渡」を記す。

当村は三国湊より福井城下に至る交通路に面しており、当村と三国湊の岩崎(いわさき)町との間には金井(かない)(鐘鋳)渡があり、竹田川の川幅四七間の間を馬船が往来していた(越前国名蹟考など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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