野本白巌(読み)のもと はくがん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「野本白巌」の解説

野本白巌 のもと-はくがん

1797-1856 江戸時代後期の儒者
寛政9年3月6日生まれ。豊前(ぶぜん)中津藩(大分県)藩士帆足万里(ほあし-ばんり),頼山陽にまなぶ。天保(てんぽう)4年藩主奥平昌猷(まさみち)の侍講となる。のち郷里の宇佐に退隠し,私塾をひらいた。安政3年7月3日死去。60歳。名は珵。字(あざな)は伯美。通称は武三。別号に真城山人など。著作に「詩書説」「白巌詩文集」など。

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367日誕生日大事典 「野本白巌」の解説

野本白巌 (のもとはくがん)

生年月日:1797年3月6日
江戸時代末期の豊前中津藩士;儒学者
1856年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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