横岡地下式板石積石室墓群(読み)よこおかちかしきいたいしづみせきしつぼぐん

日本歴史地名大系 の解説

横岡地下式板石積石室墓群
よこおかちかしきいたいしづみせきしつぼぐん

[現在地名]川内市上川内町 釜口横岡

高城たき川右岸にある標高七メートルの舌状丘陵に造られた古墳時代の集団墓地。大正一二年(一九二三)から同一三年にかけてと、昭和三九年(一九六四)、さらに同五八年と平成四年(一九九二)にも発掘調査された。これまで一八基の墓が発見されており、いずれも長方形箱式石棺を主体部とし、床面に小円礫や板石を敷詰めたものもある。また副葬品の出土状況から一時期のものではなく、追葬が行われたと考えられている。地下式板石積石室墓群としては、丘陵に造られ箱式石棺であるという類例の少ない特殊な立地・内部主体をしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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