横須村(読み)よこすむら

日本歴史地名大系 「横須村」の解説

横須村
よこすむら

[現在地名]大牟田市恵比須町(えびすまち)・北磯町(きたいそまち)・健老町(けんろうまち)・栄町(さかえまち)一―二丁目・新栄町(しんさかえまち)・城町(しろまち)一―二丁目・大黒町(だいこくまち)一―四丁目・椿黒町(つばくろまち)・天神町(てんじんまち)・中町(なかまち)一―二丁目・明治町(めいじまち)一―三丁目・旭町(あさひまち)一―三丁目・柿園町(かきぞのまち)一―三丁目・東新町(ひがししんまち)一丁目

北大牟田村の北にあり、東は稲荷(とうか)村・小船津(こふなつ)村。南は大牟田川河口部、北は堂面(どうめん)川河口部に挟まれる。内海沿岸の海浜村落。村名は横洲とも書いた(元禄国絵図など)。元和六年(一六二〇)以降柳川藩領。同七年の郡村帳には横洲村とあり、玄蕃高六五五石余・新田高一〇八石余、小物成は山手米五斗余・海年貢米九斗。


横須村
よこすむら

[現在地名]山崎町横須

篠の丸(ささのまる)山の北東麓、揖保(いぼ)川の支流伊沢(いさわ)川の下流右岸に位置し、対岸は生谷(いぎだに)村、南西は加生(かしよう)村。領主の変遷は山崎村と同じ。正保郷帳に村名がみえ、田方四七石余・畠方六三石余。下村氏手控帳を寛保三年(一七四三)に写した西村氏手控帳(西村家文書)によると、寛文―延宝(一六六一―八一)には四ツ成高二一八石余、田七町五反余・畑四町八反余、小物成銀三二匁余(楮役一八匁余・茶役九匁余・山畑役五匁余)・桑役(真綿)一八〇匁余、家数一七・人数一六〇、牛一六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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