橘逸勢社(読み)たちばなのはやなりのやしろ

日本歴史地名大系 「橘逸勢社」の解説

橘逸勢社
たちばなのはやなりのやしろ

京都市中京区にあったと考えられる社。「百錬抄」平治元年(一一五九)九月二日条に「橘逸勢社祭、上皇(後白河)御結構、餝以金銀錦繍、天下之壮観也、捧持面形風流、人以傾之」とあって、後白河院によって祭祀されたことがわかる。逸勢は三筆の一といわれた平安前期の官人であるが、承和の変の主謀者の一人として捕らえられ、伊豆に流される途中死んだので、御霊とされたものと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ドンド焼き,サイト焼き,ホッケンギョウなどともいう。正月に行われる火祭の行事で,道祖神の祭りとしている土地が多い。一般に小正月を中心に 14日夜ないし 15日朝に行われている。日本では正月は盆と同様魂...

左義長の用語解説を読む