機織村(読み)はたおりむら

日本歴史地名大系 「機織村」の解説

機織村
はたおりむら

[現在地名]能代市字悪戸(あくと)・機織轌の目(はたおりそりのめ)・宮の前(みやのまえ)・一本木(いつぽんぎ)・中関(なかぜき)・下関(しもぜき)・中谷地(なかやち)・上谷地(かみやち)・上関(かみぜき)・布晒(ぬのさらし)・大関(おおぜき)・小友下(おともした)・鵜の沢(うのさわ)

東は扇田(おうぎだ)村、西は二井田(にいだ)村、北は米代川。小友沼の下に成立した新田村。

正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に扇田の内反目(そりのめ)とある。反目は古名で、享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」では「轌野目村」は新田(にいだ)(二井田)村の支郷とし、本郷同様延宝五年(一六七七)に大内田村から移るとし、「機織入作旧書」(袴田家文書)には二井田村の分郷とある。


機織村
はたおりむら

[現在地名]板倉町機織

関田(せきだ)山地中、大熊(おおくま)川上流西岸にあり、南東は久々野(くぐの)村、西は菰立(こもだて)村に接する。高田(たかだ)(現上越市)と小沢(こざわ)(現新井市)を結ぶ熊川(くまがわ)通に沿う。正保国絵図に村名がみえ、延宝七年(一六七九)の越州四郡高帳に高五七石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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