檀波羅蜜寺跡(読み)だんばらみつじあと

日本歴史地名大系 「檀波羅蜜寺跡」の解説

檀波羅蜜寺跡
だんばらみつじあと

[現在地名]泉佐野市中庄

中庄なかしよう西部市場いちばとの境界付近、西に向かって延びる丘陵の緩斜面上にあった。近くに檀波羅・大門の小字が残る。正和五年(一三一六)の日根野村絵図(九条家文書)では熊野街道沿いの小集落「入宿本在家」(市場または宿在家)の北東部に記され、小字の位置とほぼ一致する。聖徳太子開創との伝承もあるが(拾遺泉州志)、史料上の初見は文暦元年(一二三四)一二月二日の日根庄諸村田畠在家等注文案(九条家文書)で、日根野ひねの村内の寺院としてみえる。また同注文案によれば日根野村内の一五ヵ所の池の一つに檀波羅蜜池があり、檀波羅蜜寺が築造にかかわった池であったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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